top of page
熊谷真尚 manao kumagai

実力

 

 

禅道会の全日本トーナメントであるリアルファイティング空手道選手権大会を、熊谷は2階級に渡り連覇している、堂々たる戦績だ。

どの試合も簡単では無かっただろう。

んな熊谷に「振り返ってどの試合が胸に残っているか」を訊ねた。

「ないですね」という意外な答えが返ってきた。

その理由は2つ。

「層と運」だと言う。

 

熊谷のロジックは数学的だ。

10000人の門下生がいる空手団体の全日本大会で優勝した場合、どのような数字になるのかを話してくれた。

まず、門下生の3分の2が少年部だと言う。

大人は3000人にも満たず、さらに女性や高齢の方も居る。

実際にトーナメントの試合に出る層はかなり絞られるであろう。

結局、自分と同じ階級のトーナメント参加者は30人もいない計算になる。

その中で、毎日6時間以上稽古している人は3人くらいしかいなかったと言うのだ。

 

「アマチュアのトーナメントで警戒しなければならない相手って実は少ないです。別ブロックで減ってくれる確率もありますしね。それに、家庭があったり、怪我をしたり、その大会に全振りできなかった環境の人もいます。だから優勝したのは、層の薄さと運によるもので、実力とか、強いとか、あまり意味が無いと感じ始めちゃって。もちろん試合自体はいつもギリギリで、大変でしたけど、どの試合が一番記憶にあるのかというと、特にないですね」

 

練習量の多さは、努力できる環境に恵まれただけで、偶然に層が薄かっただけで、優勝も運だと語るのだ。

 

少し話は戻るが、格闘ゲーム大会の後日談である。

優勝した後、熊谷は東京まで腕試しに行ったそうなのだ。

新宿や池袋のゲーセンをホームとしていた当時有名なゲーマー達と戦うため、待ち構えていた。

その空き時間に、適当な人に勝負を仕掛けていったのだ。

飯田市では圧倒的強さの熊谷だったが、一進一退の攻防が続く。

最後には中学生に敗北し、有名ゲーマーにたどり着く前に持ってきた資金を使い果たし、ゆらゆらと高速バスに揺られて逃げ帰って来た。

 

「これはもう、田舎と東京の層の厚み。圧倒的差だと痛感しました」

 

熊谷の語るロジックが作られた原体験の一つであろう。

話を戻してさらに質問をしてみた。

熊谷はDEEPやパンクラスと言った総合格闘技のリングでも10試合ほど戦っている。

そんな舞台ならば、選手層が厚いと思うのだが、どのように考えているのだろうか。

 

「私の考えは単純で、生まれた時に、ねずみなのかウサギなのかキツネなのか、という事だと思っています。リングに上がる人は、みんな追い込んで練習しているわけで、努力環境も同じくらい。そしたらウサギはキツネには勝てません。たまに後ろ足で蹴り上げて穴に潜ってセーフ!という事はあるでしょうけど勝率は決して高くならない。そしてキツネすら、たまにいるオオカミには勝てません。私はちょっと頑張って角をはやしたウサギだっただけで、キツネにもオオカミにも勝てませんよね。戦績は勝ったり負けたりの繰り返しでした」

 

なんとも身も蓋もない考え方に思えてしまうが、つまり層が厚くなるほど、生まれながらのセンスや才能、加えて環境など、運に恵まれた人も増えていくため、そこの勝敗に一喜一憂していても、あまり意味がないと考えるようになったわけである。

 

「自分では、限界までやったと思うんです。血尿が出るまで追い込んでましたし(笑)これ以上は身体が持たない所まで続けてみて、それでも届かないので、なるほどね~と思って

実力も運のうち。

​マイケルサンデル教授の著書の考え方は、熊谷にとってしっくりくる内容だった。

 

君子豹変技術指導

 

禅道会が発足した1999年に、熊谷は中津川市へ、翌年、瑞浪市、飯田市と、続けて道場を開いている。

その後、2004年に浜松市へ渡り支部を開設。

2014年には禅道会で最大の生徒数を誇る支部長になっていた。

 

常に「どう勝つのか」ばかりを考えていた熊谷は、勝敗重視の試合から指導へと、力を注ぐ目標を移していった。

多くの門下生を集めるには、ただ口が上手いだけではない筈だ。

どのような事を心掛けて指導に当たっているのか興味が沸いた。

 

「子供と大人では指導法はまったく変えています。教えるのってあまり得意じゃないですけど、特に大人の方に指導する時には、楽をしないという事は意識していました」

 

最大支部を作り上げたにも関わらず、教えるのが得意ではないという。そして、楽をしないとはどういう事なのだろうか。

 

「相手が求めている事をサラッと言えれば、好感度も上がって楽だと思うのですが、その求められている答えに疑問を持つことも多くて」

 

例え話の多い熊谷の言い分はこうだ。

女性が髪を切ったとして、それにいち早く気が付き、スマートに「似合うね」と、さりげなく言える男性はモテそうである。

しかしどうだろうか。

専門家、美容師ならば、こうすればもっと良くなると思う事もあるだろう。

あるいは、そもそも骨格的に似合わない選択をしている場合もある。

別の髪型をオススメする事だって必要ではないか。

敢えて思った事を伝える、楽をしないように気を付けている、と言うのである。

 

「嫌われたりする事もあるんですよね(笑)でも相手の事を考えた結果なので、別にいいかなって」

 

体型や骨格、その人の目的によって必要な技術は変わる。

同じ内容の質問に対して、一人目には右と答え、二人目には左と答える事もあったそうだ。

一貫性が無いと思われても気にしない。君子豹変である。

 

現在は指導を全て仲間に任せ、熊谷は新しい仕組み作りに取り組んでいる。

熊谷真尚 manao kumagai
bottom of page